好き嫌いで決めるのは可能性を狭めていますよ。→目的のためならそんなこと言ってられない

幸せになる在り方・考え方

どうも、kachanです。

今回はこれについて深掘りしていきます。

<経験談>昔、コミュニケーションが苦手でプライドが高かった話

今は理学療法士として、ちゃんとコミュニケーション取れていますが、小学校から専門学校まで、基本的にコミュ障でした。

アニメや漫画大好きなオタクだったこともあって、学校のクラスに馴染めてなかったのもありますが単純にコミュニケーションが苦手でした。

特に一対一なら普通にしゃべれますが、複数人になるとテンポが取れなかったり、他の人を気にして話せなかったりしました。

そんな感じなので友達が少なかったです。

一応理学療法士の仕事は小学校のころから夢見ていて、1対1の仕事だからとあまりコミュニケーションの問題については考えていませんでした。

しかし、理学療法士として働くようになって社会に出て見れば、イメージしてたのと違いました。

色んな職種の人と話さないといけないし、自分で段取りをつけないといけないしとはっきりいって僕にとってはしんどい事だらけでした。

その上、僕はプライドが高く、人にお願いごとをするっていうのも苦手でした。

相手を下に見てるとは思っていませんでしたが、人にゴマをすって、したてに出るのはすごく嫌だし、恥ずかしいことだと思っていたからです。

他にも理由はありましたが、そんなこんなで医療においてチームは大事なのにぜんぜんチームケアができず、その結果患者さんが良くならないっていう事態にまでなっていました。

目的のために必要なら苦手でも嫌いでもやらないと始まらない

こんな時に選択を迫られました。

  • 苦手・嫌いだからやらないのか
  • 必要だからやるのか

僕の選択は『必要なら絶対やるべき』でした。

僕の場合はコミュニケーションは苦手だけど、嫌いではなかったです。わりと人と話すことは好きな方であとは苦手=嫌いっていうマインドを無くして、苦手だから克服しようっていうイメージでやっていきました。

そのおかげで、新人のときにできなかったようなリハビリテーションを提供することができたと思います。

そこで、みなさんにも考えてほしいと思います。

こういう状況というのはあらゆる場所であると思います。

『嫌いだからやりたくない』

『そんなの恥ずかしいよ』

『めんどくらいからやらない』

自分のポリシーに反する』

などなど自分の気持ち的に拒否したいことっていっぱいあります。

もちろん、それはやらないでいいならやらないで僕はいいと思います。

ですが、それ以上に大切なものはないですか?

それをすることで、自分をもっと豊かに幸せにしてくれたり、誰かのためになるのであればそこを我慢してやる価値はないですか?

僕の場合は目的のためなら手段は選びません。

止めたり捨てることも大切

以前にこの記事を書きました。

内容としては、時間を違うことに費やしたいからブログを止めるという内容です。

ブログをやめるという選択枝に至ったこれも、目的のために必要だからです。

僕の目的は
『お金、時間、仲間、健康が十分にあり、自分と家族が幸せな生活を送れること』です。

詳しくはこちら↓

なので、ブログもそのための手段の一つでしかありません。

時間は有限で体は一つです。なので、何かを捨てないと何も得られないし変えることができないと思います。

他にも僕がこれまで『捨てたもの』それで、『得られたもの』についてはこちら↓

なので、成功するためには、
行動原理を好き嫌いではなく、
目的のために『必要か、そうでないか』で考えるやり方がベストだと思います。

今回はこれで以上になります。

次回もよろしくお願いします。