正論だけでは生きていけない

幸せになる在り方・考え方

どうも、kachanです。

今日は、理学療法だけでなく日常でも大事な考え方についてお話をします。

人間生きていると理屈的に考えないといけないことがあっても感情的に動いてしまうことはたくさんあります。それで失敗した経験はみんなあると思います。理学療法においても、「本来はこうするべきだ」というのが、エビデンス上や理屈上あります。ですが、それだけではやってはいけないことがあります。

そんな世の中の問題の考え方について話をします。

正しくあるより優しくあるほうがずっと難しい

これは、Amazon創業者 ジェフ・ベゾスの言葉です。詳しくはこちら

賢さは、生まれつきの「才能」でしが、「優しさ」は選ぶものだと言っています。

賢さや正しさを選ぶより、優しくあることを選ぶ。

簡単なようで難しい話です。

理学療法においても、病院・会社の立場の中、セラピストとしての正しい判断というのが迫られることはあります。ですが、一度考えてほしいと思います。

何のために誰のために理学療法をしているのか」

それは間違いなく患者さんとその家族のためです。もちろん、色々な状況のなかで一つの答えを出さないといけません。話し合ってお互いの妥協点を探す必要があるときだってあります。ですが、絶対忘れてはいけないのは、「理屈だけで押し通してはいけない」ということです。

僕らは専門職でたくさんの知識があります。なので、理屈で落とし込んでしまえば、素人の患者さんからしたらぐうの音もでないでしょう。僕も1~2年目の時はそうしていたことがあります。今ではそんな自分をぶん殴りたい気持ちです。その時の自分の考え方は「自分の手で患者さんを治すんだ」という自分の気持ちばかり先行していました。もちろん、上手くいったケースもありましたが、リハビリを拒否されて担当が変わったこともあります。

今思えば、僕には「優しさが足りなかった」のだと思います。

二つの考え方を持つ

優しくあることが大事ですが、感情に流されて判断していくのも間違っています。「患者さんがこうしてほしいからそうしてあげた」というのはただの思考停止であり、理学療法士として職務を全うできてないと思います。

大事なのは、理屈と感情を分けて考えることです。

理学療法士は知識や技術、経験から導き出せる答えを持っています。これを使わないとダメです。なので、理屈上はこうだけど、患者さんの気持ちはこうだな、という風に分けて考えましょう。

その上で合致すればそのまま進めればいいし、合わなければ、患者さんにその自分の理屈上の考えを伝え、提案する必要があります。もちろん全部が通らないかもしれませんが、提案して選択枝を与えた上で患者さん本人が選ぶのですから、それは患者さんにとって正しい判断だと思います。

最後に

この考え方は、意識しないとなかなか難しいです。ですが、物事を考えるときに「何のために誰のために」というのはちゃんと意識したほうがいいです。

「賢くあるために」自分の知識や技術を振り回すのではなく、「優しくあるため」に使うのが僕は正しいと思います。

そして、より幸せになれるのは賢い人間より優しい人間だと思います。

では、以上になります。

最後まで見ていただいてありがとうございます。

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