理学療法士としての経緯

理学療法

どうも、kachanです。

今回は、自分の今までの経緯の話をしたいと思います。

まずは、自分が理学療法士になった理由についてお話したいと思います。

そのためには自分がどういう経緯で理学療法士という職業に出会い、目指したのか

そこから話をしたいと思います。

幼少期

僕は小学校のころから色々な習い事をしていました

剣道、習字、ソフトボール、ボーイスカウト、塾などなど

1週間ほとんど空きがないほどに入っていたこともあります。

その頃にボーイスカウトで施設への奉仕活動として、お茶会のお手伝いや夏祭りの企画

なんかをやっていました。

そこで知り合った人こそが理学療法士という職業の方でした。

正直、初めはなんの仕事か全然わかりませんでしたが

母親が医療・福祉関係の仕事をしていたので、聞けば色々と教えてくれました。

しかも家には医療系の本がたくさんあったので

興味本位で見ていたら、理学療法士という言葉を見つけたのを覚えています。

それを見つけるまでは、母親の話を聞いて介護職になると言っていましたが

母親に即効で止められました(笑)

給料は安く、きつい仕事、夜勤があったりして、健康に悪い

と言われました。

母親がなんでそんな仕事をしているのか、その時は疑問でしたが

じゃあ、ほかに同じような職業はなにがあるんだろうと調べました。

そこで並んでる職業で

医師、看護師、薬剤師、理学療法士・・・

とありました。

「この職業知ってる!」っていう感じでしたね。

それからは母親やその施設の人に話を聞きまくっていました。

僕のイメージとしても、医師や薬剤師みたいにお金や時間がかかる仕事は嫌だし

看護師のような血をみたり、夜勤がある仕事は嫌だ、あとお化けも怖い(笑)

と思っていたので

会社員のように日中だけの仕事で給料が高く、

専門学校だったら3年で資格が取れるというのも勉強嫌いな僕にはぴったりでした。

人が絶対必要となる医療の分野で「先生」と呼ばれる職業。

それでいて、患者さんに直接触れて、「ありがとう」と言わる。

医者もすごいけど、その後リハビリでその人を治すという理学療法士はすごいと思いました。

けっこう単純な理由ですけど、小学6年生の僕には魅力的でしたね。

それからというもの僕は周りに

「理学療法士」になるんだ と言っていました。

中学校~専門学校

中学、高校の選び方も理学療法士のことを考えて勉強して選んでいました。

高校はレベルを下げて、そこでそこそこの評定をもらって、指定校推薦で専門学校に入りました

もちろん大学という考えもありましたが、勉強嫌いというのもあったので

4年でなく3年という短い期間で資格が取れて

小論文と面接で入れる指定校推薦で専門学校を選びました。

大学と専門学校で給料の差はありませんし、

合格率も専門学校のほうがよかったのもあります。

10月には合格が決まってて、そのあとはめっちゃ遊んでいました。

学費はバイトをして貯めたお金と奨学金で行きましたね。

自分は3人兄弟の末っ子、お金はなく兄貴もみな

進学するなら自分の金でいけ、在学中の生活はめんどうみてやる

と言われていました。

親的には高校までが義務教育と思っているみたいです。

お金の面でも専門学校のほうが安かったので選んだってのもあります。

そんなこんなで専門学校に入りました。

そのあとは普通に3年間を過ごしていました。

就職

就職先の希望は、老人保健施設でしたね。

理由は、やっぱりボーイスカウトのときにあった理学療法士さんを見ていたので

慢性期の人を見たかったのと、

お家大好き人間だったので

家に帰るのが一番幸せ」と思っていました。

なので自宅復帰を目指してリハビリをする

老人保健施設というイメージで思ってました。

けれど、学校の先生に止められましたね。

「いきなり慢性期は勉強にならないから急性期か回復期にいったほうがいいよ」

急性期は自分的に行きたくないと思っていました。

イメージとして、やることが決まっている感じだったので

やっぱり自分で考えて、自分で評価・分析しながらするのがよかったからです。

回復期はそのあと調べて、毎日リハビリができて、一日最大9単位(3時間)できる

午前と午後で一回ずつ入ったり、一人の患者さんに集中してリハビリができる。

「これはいいな」ってなりました。

やっぱり手に職を付けるには長い時間必要です。

急性期とか慢性期だと一人へのリハビリの時間が短くて

なかなか分析ができないな、と思いました。

それで修行の意味で回復期の病院を選択し、就職しました。

入ったときの面接でこういったの覚えています。

「3年くらい修行したら、慢性期に行きたいです」

よく受かったな と今では思います(笑)

面接官の人が優しかったですね。

まぁそれは経験を積んで、また考えてくれたらいいよ」

と返してくれました。

現在

それでだいたい4年くらい回復期の病院を務めて

今は訪問リハビリに携わっています。

老人保健施設じゃないの?っていう疑問があると思います。

なぜ訪問のほうにいったのか、話をしたいと思います。

回復期の病院で働いてみて思ったことは

住宅改修をして、自宅復帰をさせた後の患者さんのことで

もちろん上手くいって生活できている人もいれば

転倒したりして再入院したりしていました。

まぁそんなこともある」程度しか思ってなかったのですが、

時々、退院後の生活が訪問リハビリの先生から

状況の手紙が送られてくることがありました。

そこで自分がイメージしていた生活ができてなかったり

住宅改修したのにさらに手すりを付けなおしていたり

つけた手すりや環境があってなかったり

もうショックでしたね。

けっこう色々勉強してきて

何度も病院で練習して、動作練習をしたのに

まったくの無駄

むしろ、変な自信のせいで大けがさせてしまっていました。

ここで自分は間違っているなと思いました。

もう5年目で人に教える立場なのに

なにが正しいのかわかってない自分が恥ずかしかったです。

まぁそのあと転職の期会があったので

自宅で患者さんを見て、自宅で安心・安定して暮らせるようアセスメントできる人になりたい

と思って訪問リハビリの分野に転職しました。

今ではだいぶ慣れましたが

もう全然畑が違うっていう感じです

理学療法だけでなく、全身状態の管理、薬とかや環境の変化にも注意して

異変を察知する洞察力と対応能力。

問題に対して、色々な選択枝をもってないと

患者さんが「嫌だ」と言われてしまったら終わりです。

もちろんそれを提案できる提案能力も必要ですし、それができるだけの知識がないとダメです。

今までのただ理学療法だけやるような環境でないので、頭がパンクしそうになります。

けど、すごく勉強になるのは確かです。

今は一日が短く感じるほどに、病院時代よりも充実した一日を過ごしてるなと思います

最後に

こうやって振り返ってみて思ったことは

「そんな悪くないな」と思いました。

特にほかに夢はありませんでしたし、

国家資格を取ったおかげで仕事にはちゃんとありつけています。

転職してもすぐに就職先も見つかりましたし、年収もあがりました。

普通のサラリーマンだったら転職が大変って聞きますし

資格って大事だなって思います。

人生をやり直せるなら、多分理学療法士はやってなかったかなって思いますけど

この経験のおかげで色々なことを学んで今の自分がいてるので

無駄ではない」と断言できます。

色々ありましたけど、少なからずこの理学療法士は一生続けていけたらなと思います。

では、以上になります。

最後まで見ていただいてありがとうございます。

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